199529 ランダム
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ふらっと

ふらっと

岩礁宙域の異常

コンソールの索敵センサーが警報を発した。プルは驚いてリゲルグ・シルエットのモノアイを望遠に切り替え、接近してくる何かをキャッチしようとする。
 モビルスーツに装備されているセンサーでキャッチできる物体の大きさは、センサーの感度をマキシマムにした状態で、人間が持つトランク程度のものまで対応が可能だと言われている。
 センサー感度をそこまで上げるのは、それこそ遭難した人間を捜索する場合に限られているので、現在のリゲルグ・シルエットは、隕石で言えば直径10m以上の物体に対応するようセッティングされていた。
 接近してくる物体は、つまりそういうサイズの物体である。
「ファンネル・フラワーのモニタリング用カメラを使って、レンジを拡大するよ。左翼四つの監視は任せるからね」
「ちょっと待ってください。2番と6番ユニットがチャージ不足です。今のまま飛ばすと回収できなくなります。こいつらだけスタンバイを遅らせてください」
「了解。・・・君、のみこみが早いじゃない」
「そうですか? かなり余裕はないんですけどね」
 そう言いながらも、ヤマトは奇数番号のファンネル・フラワーを受け持つことにした。パイロットの負担はできるだけ軽くした方がいいと思ったからだが、プルの操縦感覚を見ていると、彼女はモビルスーツの装甲越しに、外の世界の変化を感じ取っているような気がしたからでもある。
 プルの指令によって、瞬時に6機のファンネル・フラワーが、リゲルグ・シルエットの前方120度の範囲に展開し、飛び去る。
 映像はノイズ混じりでも、なんとかまともに受信できた。いったいどこからこれほど多量の隕石片が流れてきたのか、プルは首を傾げる。
 この宙域まで足を延ばすアトラクションは今までなかったが、隕石群や宇宙塵塊といった物理的障害にはことのほか気を使う商売だ。だから、本来何もないはずの宙域としてマッピングされていた場所だった。
 地球連邦軍は、大質量アステロイドの管理体系を0089年に再編成しており、反乱分子などの隠れ蓑を排除する政策を採っている。その管理体系のファイルにも記載されていない岩礁宙域は、存在しないとは言えないのだが、ここはサイド4が立地していたラグランジュポイント、L-5のテリトリー内だ。「突然この宙域に出現した」という推理が否定されるならば、連邦の管理システムもかなりずさんだということになる。
「思ったより大規模な隕石群ね。隕石と言うより岩礁宙域か・・・」
 レーダー波の情報を総合すると、リゲルグの前方に馬蹄形の広がりで物理反応が出ている。L-5宙域全体の空間に比べれば、きわめて狭い範囲の反応だが、物理反応の分布は立派な岩礁エリアである。
 スペースコロニーを建設するために必要な重力安定点、ラグランジュポイントのうち、L-5は月と地球の重力中和が最も安定し、サイド建設のベースキャンプに理想的な宙域とされていた。それだけに宇宙開拓の黎明期から人工構造物が数多く配置され、これらは一年戦争でほとんどが破壊し尽くされた。
 L-5全域にわたって、壊滅させられたコロニーや、近接した他宙域から漂流してきた艦船の残骸が無数に漂っている。サイド4はそれでも、安定した重力場という条件からコロニー再開発のための前線として、再び地球と宇宙との接点に置かれているのだ。
 D3.のアトラクションコースは、こうした岩礁やコロニー残骸の比較的少ない、それでいて一般船舶の航路から離れたポイントを選んで設定されている。
「輸送船キャッチしました。・・・けど・・・これ、変です!」
 ヤマトが必要以上に大声を上げたので、プルはヤマトが何かを見つけたモニター、3番ユニットが送信してきた映像をメインモニターに回した。
「!?・・・なによ、これ?」
 プルの声もうわずった感じになる。
「グリフォン、聞こえますか? 連邦船籍の輸送船を映像で確認、そちらにレシーブします。何か異常事態が起きています。第2ヒートは中断してください!」
 プルがマイクロフォンに叫んでいる間に、ヤマトは残ったファンネル・フラワーのコントロールをサイコミュから切り離し、通常の電波誘導に切り替えて3番ユニットの担当宙域に移動させる。
「ヤマト君、向こうと連絡とれないの?」
「だめです。あっちで回線を切っているか、無線そのものが通じないかで・・・でもファンネルは電波誘導できてるのに」
「いいえ、電波障害かもしれないわ。ファンネルの動きが悪くなってきたもの。サイコミュリンクに戻しておいて。ファンネルの生存確率を高くしとかなくちゃ」
『リゲルグ、映像確認した。かなりノイズが混じってるが、状況から見てそこに留まるのは危険だ。帰還しろ。こっちも回収に向かう』
 グリフォンからの通信にもガリガリとノイズが混じる。プルは急いで計器類のチェックを行う。まだバックアップ機構が働くほどの磁気障害などは起きていない。念のためにミノフスキー粒子の測定も行ってみたが、戦時ではない現在、そんなものが検出されるはずもなかった。
 だがヤマトの携帯PCでは、サイコミュシステムに不安定な数値が現れ始めた。ファンネルをこれ以上展開するのは得策ではないし、それをコントロールするプル自身にもフィードバックで悪影響が出たりしないかと不安になる。
「どうしますか?」
「この映像だけじゃはっきりしないわ。マージンがあるならもう少し接近してみる」
 プルはヤマトに同意を求めたりはしなかった。ヤマトもプルに預けた身柄であることは認識している。やめた方がいいと思っても、そこまで口出しはできない。
 リゲルグ・シルエットの背中に取り付けられたスラスターユニットが、ハーフスロットルから70%の推力にあげられる。レーダーによって捕捉している輸送船の位置に対して7度の仰角をつけ、一気に加速し、船の上部をかすめるつもりだ。向こうが撃ってこないという確証はないが、撃てるような状況ではないはずと、プルは判断している。
 モニターの映像は、ファンネルからリゲルグ・シルエット本体のメインカメラに切り替わった。輸送船のディティールがはっきりわかる距離まで近づいたはずだ。ところが、輸送船の船体は、まるで地球の海に浮かぶように、艦底から半分近くが見えなくなっているのだ。
 ちょうど船が20度ほどの角度で「宇宙に突き刺さっている」ような光景である。最初にファンネルからの映像を見たとき、船首部分は隕石か何かと衝突してもぎ取られたのではないかと思っていたが、船体の外板には引きちぎられたような裂け目などはなく、空間の落とし穴でもあって、そこに引きずり込まれるように消失しているのだ。
「乗組員はどうしちゃったの!?」
 プルは通信回線を開いて何度も呼びかけるが、応答はない。
 バスコ・ダ・ガマ級の中型輸送船ということは、最大で8人のクルーが乗船しているはずだ。と、プルは知識をめぐらせる。リゲルグ・シルエットはブリッジ部分に降下し、相対速度をあわせながら船体にとりついた。
「・・・相対速度があるってことは、この船はまだ何かに向かって消え続けているってことよね」
 プルは自分で言いながら背筋を凍らせた。
 ブリッジ内には2人の乗組員が倒れていた。それを確認したプルは、コンテナ・ベイに回り込み、コンテナハッチを開けようとするが、モビルスーツサイズの手動ハンドルはロックされていた。実弾を伴う火器類は搭載していないリゲルグ・シルエットであるため、コンテナハッチを破壊するにはモビルスーツの手足を使うしかないが、殴りつければこちらのマニュピレーターハンドも確実に壊れる。ハッチの向こうに人がいたら、もっと悲惨な結果を招く。
「プルさん、彼らは救命ボートを出したみたいですよ。消えかかってる艦底のほうに、ランチ用の扉が開いてる」
 ヤマトは1番ユニットが撮影している艦底の映像を見つけた。じゃあ救命ボートはどこいったのよと聞こうとして、プルは口ごもった。
 たぶん、輸送船よりも早く、この空間異常に飲み込まれたのだろう。消えた船首の向こうがどうなっていいるかわからないが、助からなかったと見るべきだった。
「でもまだブリッジに人がいるわ。助け出さなきゃ」
 プルは一見すると何も考えていないような、無謀にも見える勢いでシートベルトをはずし、コクピットの減圧調整を始める。
 ヤマトもあわててヘルメットのバイザーをおろした。
「操縦系統はオートナビゲーションに入れてあるから、機体は現在地の安全圏で待機してくれる。もし何かあったら君だけでも帰還しなさい」
「新米だからって、そうはいかないですよ。ブリッジの2人を連れ帰る手だても考えなきゃいけないでしょう? ボートが残ってなかったらリゲルグの手に乗せて避難することになりますから」
 ヤマトは自分がこれほど度胸の据わった言動ができることに驚いていた。何かこう、感覚が研ぎ澄まされるような、意識の拡大を感じるのだ。
 たぶんこうなるだろうという予測が、何の根拠もなく頭の中をよぎる。だが今それを説明している時間はない。
 プルは背中にガス圧推進のスラストパックを背負い、念のために用意してある拳銃を右足首にホルスターごとくくりつけ、コクピット内の減圧を確認してハッチを開けた。
「気をつけて」
 ヤマトはマイクロフォンを使ってプルを気遣った。
『必ず戻るわ』
 短く言って、プルの赤いノーマルスーツは漆黒の闇の中へ飛び出していった。

「ばかやろっ、それで黙ってプルを送り出したのかっ」
 キャプテン・トドロキはブリッジの大型モニターに映るヤマトに向かって怒鳴り散らした。耳元で怒鳴られたのと同じヤマトは、思わず肩をすくめるが、ヘルメットのバイザーをおろしたままなので、表情まではわからなかった。
「そっちに着くまで最大戦速でもあと15分はかかる。船の様子から見ると、どうも間にあわんかもしれんのだ。輸送船に起きてる異常現象は、リゲルグにも出ているのか?」
『いいえ。ファンネルが3機飲み込まれましたが、異常現象のフィールドは広がっていないと思われます。ただ・・・いえ、僕はプルさんの帰還を待ちます』
 ヤマトの優等生のような返事に対して、キャプテンはいらだつ。
「おい、『ただ』何だ? 報告はきちんとやれ」
『あ、すみません。コクピットが小刻みに振動してるだけです。これはサイコフレームを使ってるってプルさんが言ってましたから、ファンネルとの共振だと思います』
「知ったような口をきくな。第一お前程度の訓練実績で何ができる。雇ったその日に殉職されちゃあこっちの寝覚めが悪いんだよ」
『それは承知してます。でもグリフォンにはザクとマラサイしかないんでしょう? 岩礁もかなり流れ込んできてますから、ブースターくっつけてすっ飛んでくるなんていうのはもっと危険です』
 頭の中で考えていたことをズバリと指摘され、キャプテンはぎょっとした。
「ちくしょう、Z系がありゃあなんとかできるのによ・・・わかった。ヤマト、そこまで言うならやってみろ。いいか、これは命令だ。船内の乗員がすでに死亡している場合は、確認後にブリッジをぶち抜いてプルを救出しろ。宇宙パトロールと軍には何とでも話を付けてやる」
『えっ・・・でも、この機体には武器なんかついてませんよ。指先の作業用レーザートーチで非常ハッチを焼き切るしか』
「そんなんじゃ時間がかかりすぎる。残ったファンネルを1個、直接ブリッジにぶち当てるんだよっ」
 おいおい、と、オープンチャンネルの会話を聞いていたハンガーのメカニックたちは顔を見合わせた。ファンネル1機は、ビームライフルなどとは比較にならない高価な代物なのだ。
 緊急事態においては、グリフォン、ユニコーン双方の通信内容をD3でも傍受する。オペレーションルームの緊迫した空気の中で、総支配人のフレディ・スタンサーは眉一つ動かさずにこの声を聞いていたが、オペレーターたちは気が気ではなかった。
「あの、キャプテン・トドロキに冷静になるよう通告しますか?」
 とりあえず聞いておいた方がいいかしら、と、グリフォン担当のオペレーターが振り向いた。少しの間、重苦しい沈黙が漂う。その間もキャプテン・トドロキの威勢のいい声が飛び込んでくる。
「現場に任せておきましょう。機械1台とスタッフ2人のどちらが大事かなんて、天秤に掛ける必要はありません」
 総支配人はただそれだけしか言わなかった。


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